第十七話

家のドアを開けてやると、彼は一瞬躊躇いをみせながら「おじゃまします」と言い足を踏み入れた。その背中を追い後ろ手に鍵をしめる。

「手洗って座っててください。桃持っていきますから」
「…ん」

高耶さんは洗面所で手を洗ってくると、緊張した様子でそろそろとリビングに入りいつものクッションに座った。

――完全に警戒されてしまっているようだ。
まぁ自分をそういう目で見ている男の家にいるんだから当然だろう。彼は今、例えるなら狼の家に自ら自宅訪問に来た赤ずきんさながらの状態だ。

「はいどうぞ」

高耶さんの前に桃と果物包丁の入った皿を置く。キョトンとした彼が俺を仰ぎ見た。

「あんたは食べないのか?」
「難しくて切れないんです…だから俺の分も切ってください」
「桃剥けねえの?あんたほんと不器用な」

俺の甘えた台詞に硬かった顔を緩め、しょうがないという風な笑顔を見せる。
そういう表情一つ一つが男の劣情を煽ることをこの人は知らないんだろう。
普段のぶっきらぼうで粗暴な言動とは裏腹に、高耶さんは結構世話好きである。そこに付け込み甘えることを生き甲斐としている俺は、きっと教師の風上にも置けない人間だ。

包丁を握る彼のすぐ隣にピッタリ腰掛けると、ピクっと肩が揺れた。

「……な、なに」
「いえ別に」

不審げな目線を送られる。

「あんま近いと危ねえぞ」

そう言いながら桃の割れ目に包丁を入れる。そのままくるりと一周し、両手で包むようにもってひねると、桃はパックリと二つに割れた。

「ああ上手だ」
「そっか?」
「ええ。…旬より少し早いんですが、美味しそうですね」
「うん。でも生って美味いよなぁ。加工されるとなんか微妙だけど、飴とか」

いつ切りだそうか…。
若干緊張を解いている彼をみて考える。うやむやに終わった今日の放課後、まだ返事を聞いていなかった。こうして家に来てくれているということは拒絶はされていないんだろう。
でも性急に事を進めてもう家に来なくなったりでもしたら本末転倒だ。


桃の汁が綺麗な手に滴っているのが目に映る。
タオルで包むように拭いてやると、彼は心持ち恥ずかしそうに
身じろいだ。

「……あんたは意外と甲斐甲斐しいよな」
「あなた専用です」
「…っあ…そう…」

再び皮を剥き始める手。
細い指がぴーっと皮をひっぱると、綺麗な薄桃色の果実が身を見せる。

「高耶さん…」
「ん?」
「学校で言ったこと、本気ですから」

包丁で器用に切り分けていた手がピタッと止まった。
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